急がば回れはOKだ!

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 ちょっとだけでいい 

高次脳機能障害のある次女は朝のスイッチが入るのが遅いです。

今朝も登校の準備は一向に進みません。

まだ着替えもしていないのに「YouTubeを見たい!」と言い出す始末。

以前の私なら、「何言ってんの!まだ準備も出来てないのに、そんな時間はない!」

と切って捨てていたと思います。

「学校には遅刻せずに行くべき」という常識は「今日遅刻することで、将来子どもが困ることになるのではないか?」という不安に無意識に繋がっていたからです。

「このままじゃ間に合わない。」「早く急いで!」「遅刻しちゃうじゃない」

というような自分の思考のノイズがうるさくて、目の前の子どもの心の声が聞こえていませんでした。

子どもの心の声は、「ちょっとだけ甘えさせて」

そこで、「準備が終わったら1分だけ見ていいよ。」と言ったところ、途端にスイッチが入ってあっという間に準備を終え、YouTubeを見始めた次女。

1分間に設定したキッチンタイマーがピピピと鳴り出すと、潔く画面を閉じて玄関に向かいました。

1分間だけ。

その程度YouTubeを見たところでどうなんだ?と思いますが、要は、「YouTubeを見たい」という気持ちを受け止めてもらえたらOK、ということでしょう。

つまり、時間じゃない。

ちょっとだけ思いを受け止めてもらえたらいいんですね。

きっと、昔の私が子どもの心の声を受け止めてあげられなかったのは、YouTubeを見ることが何十分もかかることだという思い込みがあり、「0か100か」のような極端な考え方をしていたせいなんですね。

けれど、ちょっとだけでいい、と思えば「1分間」彼女の思いを通してあげる方が急がば回れで上手くいくのです。

 ゴールへの最短距離 

次女を送り出した後、「無事出かけてくれて良かった良かった。さあ、仕事だ仕事だ!」

と思って仕事部屋に行こうとしたところ、玄関のドアがガチャリ。

なんと、さっき送り出した次女が家に戻ってきたぁ!

今月はこれで2回目。どうも調子がよろしくないようです。

学校に電話して、再び次女と手を繫いで学校まで付添登校したのでした。

ちょうど数日前「ゴールへの最短距離は一直線ではない」という話を聞きました。

普通、現在地からゴールまでの最短距離はまっすぐ一直線を思い浮かべます。

けれど、実は行って戻り、進んで戻りを繰り返すのが最短距離。

現実は一直線に進むものではなく、グネグネウネウネするもので、それが普通。

今朝の子どもの登校についていえば、現在地は「自宅」ゴールは「学校」。

①YouTubeを1分見て満足して子どもが家を出る。

②途中まで私が手を繫いで見送る。

➂学校に子どもがひとりで向かう

④子どもがひとりで家に戻ってくる

⑤私が付添登校して学校へゴール!

グネグネウネウネしてますねぇ(笑)

けれど、「学校」というゴールにはたどり着いています。

たどり着いてしまえば、グダグダ遠回りしたことは大した問題ではなくなっています。

これが今日の彼女の学校までの最短距離だったのでしょう。

 すべてがベスト! 

仕事でも家事でも育児でも、やりたいことがあるのに思うように行動出来ない時。

予定外の仕事が舞い込んで時間が無くなってしまった時。

私たちはフラストレーションを感じます。

けれど、「ゴールへの最短距離は一直線ではない」と思えれば「心がラク」になります。

一見無駄に思える目の前の仕事も。

子どもがやらかしてしまった後片付けも。

やる気が無くなってダラダラ過ごしてしまうことも。

すべてが私にとってのベストな出来事。

グダグダウネウネしていることは順調な証拠。

だいじょうぶ、だいじょうぶ。

インナーパートナーさん(思考・感情・身体)は私にベストなことしか起こしません。

けれど、すぐに忘れてしまうから「急がば回れはOKだ!」と心に留めておきましょう。

【 編集後記 】

付添登校で仕事の開始時間が大幅に遅くなってしまったけれど、

これが今日の私のゴールまでの最短距離。

ブログのネタにもなったし、順調、順調。

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