心地よく生きるための食事

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 五観の偈 

1年ほど前に偶然手にした『身体と心をととのえる禅の作法 藤井隆英さん著』。

この本には、心と身体からストレスを取り除き、毎日を快適に過ごすための方法が書いてあります。(本より)

ブログ名にもしている、「いまに在る」という考え方や座禅も「禅」の作法のひとつです。

ただし私には座禅の作法は敷居が高く、習慣化しませんでした(苦笑)

いまは姿勢や呼吸など座禅の形にはこだわらず、「何もしない時間」として頭をからっぽにするために毎日取り入れています。

そんな中、この本の中でしっかりと根付いた習慣がひとつだけあります。

それが「五観の偈(ごかんのげ)」です。

「五観の偈」は、修行僧が食事の前に唱える五つの心得のこと。

一つひとつの文に、食事をいただくことの大切な意義が書かれています。

私が、「五観の偈」に惹かれた理由は、

「ゆっくり味わって食事をいただくことは、心地よく生きるための大切な作法の一つ」である、という文面に触れ、毎日の食事で心地よく生きられるなら、是非「心地よく生きる」方法のひとつとして毎日の食事をいただきたい、と思ったからです。

「五観の偈」

一つには 功の多少を計り、彼の来所を量る

    (こうのたしょうをはかり、かのらいしょをはかる)

二つには 己が徳行の全欠をはかって、供に応ず

    (おのれがとくぎょうのぜんけつをはかって、くにおうず)

三つには 心を防ぎ過を離るることは、貧等を宗とす

    (しんをふせぎとがをはなるることは、とんとうをしゅうとす)

四つには まさに良薬を事とするは、形枯を療ぜんがためなり

    (まさにりょうやくをこととするは、ぎょうこをりょうぜんがためなり)

五つには 成道の為の故に、いま此の食を受く

    (じょうどうのためのゆえに、いまこのじきをうく)

それぞれの意味は、

一、この食事を作ってくれた人たち、物、自然の恵み、みんなに感謝します

二、この食事を食べるのにふさわしいことをしているか、振り返ります

三、この食事をいただくのを機会に、煩悩から離れます

四、好き嫌いをせず、身体を丈夫に、心を安らかにするためにいただきます。

五、空腹を満たすためだけでなく、よき人になるための食事としていただきます。

子どもの頃に言われたような、当たり前のことしか書かれていません。

しかし、毎日毎食の食事の度に、このような意識を持って食事をすることは難しいです。

テレビを観ながら食べたり、別のことを考えながら食べたり、ろくに噛みもせずに押し込むように食べたり・・・

それでは、せっかくの食事も味気なく、身体にも心にも良くありません。

ですから、「ゆっくり味わって食事をいただくことは、心地よく生きるための大切な作法の一つ」なのです。

 嬉しい誤算  

では、食事の前に「五観の偈」を唱えるようにしよう!

と言っても、難しい言葉が並び、とても覚えられません。

そのため、A6サイズ(105㎜×148㎜)の用紙の片面に「五観の偈」を書き、その裏側に五つの心得の意味を書いた紙を毎食の度に読み上げるようにしました。

すると嬉しい誤算が。

娘たち二人が「五観の偈」をすぐに覚えてしまったのです!(聞いてるだけなのにスゴイ!)

そして、40代の私も2カ月目には紙を見ずに暗唱できるように!

今では完璧です!

税理士試験勉強をした方ならご存知でしょうが、税理士試験には理論問題があり、税法の趣旨や意義などのエッセンスをただひたすら暗記して、出題に合わせて覚えた理論を書く必要があります。

普通であれば「無理」と思える量・内容の税法の理論を試験という目的のために暗記していくわけです。

私はこの理論がとても苦手でした。(得意な方の方が珍しいでしょうが)

なので、「私は暗記は苦手だ!」と思いこんでいたわけです。

けれど、この「五観の偈」を毎食の度に唱えることで自然に暗記してしまいました。

昔の寺子屋などの勉強は暗唱だったと言いますが、なるほど、ただひたすら唱えるだけで暗唱というのは出来るものなのだ、と実感。

もちろん、税理士試験の理論を毎日暗唱するほど唱えるのは量的に不可能ですが、人間の脳は、40代になっても「暗記」できる能力がある、ということは、朗報。

私が受験時代に、「私は暗記できる。暗記は苦手ではない」と思えていたら、もっと自分を信じて理論勉強出来たかな?などと思います。

 その効果は? 

「五観の偈」を唱え始めて1年以上経ちますが、その効果は?

まず、「五観の偈」を唱える前に

「ゆっくり味わって食事をいただくことは、心地よく生きるための大切な作法の一つ」です。

という、「五観の偈」を唱える目的を言ってから唱えるのが私の方法です。

そのことで、「心地よく生きる」ということを毎食のたびに意識出来るようになりました。

けれど、はっきりと言って、唱えたからと言って常に味わって、「五観の偈」の意味を実感しながら食事できるわけではありません。

食事が始まるとすぐに意識が食事以外の方に向くことが多いです(笑)

それでも止めないのは、やはりこの習慣が私にとって大事だと思うから。

毎日唱えても、「あ、私、感謝を忘れていた。」「食事は味わって食べるものなんだな」と忘れている自分に気づきます。

少なくとも食事の食べ始めには、「空腹を満たすためだけの食事ではないのだ」と意識出来ます。

そして、自分の心のバロメーターにもなっています。

子どもに怒って「五観の偈」を唱えることが出来ない日

いつもはテレビを点けずに食べているのに、テレビを点けて食べたくなる日

こんなときは、自分の心が荒れているサインだなと気づきます。

それでもOK!

「五観の偈」を唱えることが目的ではなく、「心地よく生きる」ことが目的なのですから、心が落ち着いたら、次の食事の時にはまた、「五観の偈」を唱えようと思うのです。

もし、もっと詳しく知りたい方がいらっしゃったら

『身体と心をととのえる禅の作法 藤井隆英さん著』をご覧ください。

「五観の偈」だけではなく、身体と心をととのえるために大事なことを知ることが出来ますよ。

毎日の食事。心地よく生きるために頂きたいものですね。

【 編集後記 】

どうやら私は「心地よい」という言葉にとても惹かれるよう。

「心地よい」時間、「心地よい」気分、「心地よい」自分。

大好きです!

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