「思考重視ママ」から「心の声重視ママ」へ

Pocket

 「思考重視ママ」だった 

数日前、テレビで「はじめてのおつかい」があり、見ていて感じたこと。

「昔の私は、このテレビの中のママみたいに、優しい気持ちで子どもを待つことは出来なかったな・・・」

税理士試験という超お堅い勉強を続け、完璧に左脳重視な考え方。

「早く、無駄なく、効率的に」を極めれば、もっと「心がラク」になると信じていました。

完璧に頭、つまり思考重視。

子どもののんびりなペースや、自分の思い通りにいかないことはストレス以外の何物でもありません。

「早く学校に行ってくれなきゃ、仕事が出来ないじゃないの」

「なんでそこで愚図る?靴なんて、何でもいいじゃないかぁ。私を困らせないでくれぇ!」

常に「思考のノイズ」がうるさくて、イライライラ・・・。

子どもは可愛いはずなのに、子育てを楽しめていない自分が苦しかったです。

 心の声重視ママになった自分を感じる 

インフルエンザ脳症により高次脳機能障害という障害が残ってしまった次女は、無事に小学校に入学して元気に学校に通っていますが、幼い子どものように、登校時間に愚図って学校に行きたがらないことがあります。

昨日も、なかなか足が動かないので、家と学校の中間地点まで一緒に手をつないで付添登校。

「ここからはひとりで行けるね」と言って手を離し、坂道をひとり登っていく次女を見送りました。

何度も何度も振り返り私に手を振るので、見えなくなるまで見送ります。

けれど、不思議なことにこの時の私には「思考のノイズ」はありません。

午前中、お客様のところに行く予定はあるものの、まだ時間はある。

それよりも、「この子は一体何度振り返るんだ?」と逆に面白がっている自分もいます(笑)

だって、見えなくなった?と思ったらリバース!

坂道の上からひょっこり顔をのぞかせるのですから!

子どもの姿が見えなくなってもしばらくそのままの状態で待ち、ようやく家路へ。

が、家にたどり着いた途端、子どもの泣き声が・・・

振り返ると、なんと、次女が泣きながら私の方に向かってくるではありませんか!

「どうしたの?」と聞くと、

「ママと離れて淋しくなった」ですと!

はぁ、すごいわぁ。

「学校に遅刻する」という思考ではなく、「ママに会いたい」心で行動している次女に変な感心をしている自分がいます。

この子にはきっと「思考のノイズ」なんてないんだろうな。

家に戻り、担任の先生に今から自分が付き添って登校する旨を電話で伝え、再び次女と手をつないで小学校まで歩いて行ったのでした。(笑)

というようなことが、次女には多々あります。

なので、私が行きついたのは、「思考重視ママ」から「心の声重視ママへ」変わること。

「心の声重視ママ」とは、自分自身のインナーパートナーさん(思考・感情・身体)を自分とは別の存在だと客観視して、インナーパートナーさんと仲良く生きるママ。

「○○しなきゃ」の思考の声ではなく、「○○したい!」の心の声に従って生きるママ。

おそらく、昔の私であったら、昨日の朝の付添登校はイライラの極致であったはず。

けれど、「心の声重視ママ」になれたおかげで「心がラク」に子どもに対応することが出来たのです。

 はじめての○○ 

私の「心がラク」になった理由は

・「思考のノイズ」が気にならずにリラックスして「待つこと」ができるようになったから

・予測不能な子どもの言動を面白がることが出来るようになったから

・自分の常識の枠が半強制的に広げられたから

「学校には遅刻してはいけない」

「小学校になったら子どもだけで通学するもの」

「小学校入学前までには自分の名前を書けたほうがいい」

というような、以前の私にとっての「常識」は、次女によって半ば強制的に覆されてきました。

だって、そんなことを求めても、子どもも私も苦しいだけですから(笑)

もちろん、それを最初から受け入れられたわけではありません。

受け入れることが苦しいから「イヤだぁ!」と本気で抵抗し、少しずつ、少しずつ変わっていったのです。

人間って、変わりたいと思えば変われる、ということですね。

そして、以前の「思考重視」のときよりも今の方が「心がラク」になったと感じます。

・・・というような私の「苦しい」から「ラク」になるまでの体験による気づきのエピソードを本として出版する、というのがいまの私の目標。

ブログにてはじめての出版宣言です!

なぜ、出版しようと思ったのか?と問われれば、

「昔の私が欲しかったから。」

苦しい思いをどのように昇華して人の心は変化していくのか、自分が知りたかったからです。

同じように感じている方に届きますように・・・という願いを込めて、これからも「書くこと」「描くこと」で発信していきたいなと思います。

【 編集後記 】

子どもも「はじめてのおつかい」が大好き!

もしかして私は、はじめてのおつかいに行く子どもを送り出す母親のように、「子ども自身がやる気になるのを待つ」という忍耐を毎日のように繰り返しているのかもしれません。

それは大変なことではあるのですが、感動でもあるのです。

Pocket

%d人のブロガーが「いいね」をつけました。