魂を込める

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 祖父の言葉

「排水溝をどんなにキレイにしても、家族のだれも気付いてくれないしね・・・」

あるドラマの中のセリフです。

お風呂の排水溝掃除をしていると、ふいによぎります。

確かに、主婦の仕事は労力の割に、気づいてさえもらえないことが多く、同感。

今日は、そこにもう一つの言葉が心に浮かんできました。

「魂を込める」

これは、母が舅である祖父から言われた言葉です。

祖父から直接聞いたわけではないのですが、たまに自分の心の中に浮かんできます。

 魂を込めるとは

排水溝の掃除だけではなく、家事をやるとき「面倒だな」と思う気持ちはしょっちゅう湧いてきます。

そんな時、気持ちは掃除のことではなく、「面倒だ」という気持ちの方に向いています。

掃除をすることの目的を見失って、「義務」になってしまうのですね。

不思議なことにそういう時に「魂を込める」という言葉が浮かんできます。

そして、この言葉が心に浮かぶと、

「私は何のために掃除をしているのか?

ここをピカピカにしたいと思ったのは誰?→ 私自身。

誰に頼まれたわけでもない。

「私が」ここをキレイにすると、気持ちが良いからするだけのこと。

私自身が決めたこと。

排水溝をキレイにすることだけに集中しよう。

魂を込めて掃除しよう!」

という気持ちになるのです。

つまり、「魂を込める」とは、

目の前のことに集中すること

目の前のことに意識を向けて、全身全霊で立ち向かうこと

心から、真剣にやること

今やっていることに心を込めること

自分の中に「気」を入れること

丁寧に生きること

今を生きること

なのかな、と思います。

(祖父から直接言われたわけではないので、あくまで私の解釈です。)

たった、これだけの言葉ですが効果は絶大。

心にピンと一本、筋が通ったように「現在」に集中できるので、気持ちがよそを向いてるなと思う時に思い出すと良い言葉です。

言葉でなくても「生き方」で何かを伝えられる

祖父は自分で起業して会社を興し、父を含む4人の息子(それも昭和20年から年子で4人!)を育て、皆から畏怖されていたゴッドファーザー的存在。

年を取ってからは、ずっと同じ部屋ではボケるといって、部屋自体をリフォームするような豪傑な人でした。

私にとっては、怖くて近寄りがたい祖父であったため楽しい思い出は殆どありませんが、「祖父」と言って思い出すのは、日記と開閉式のデスクです。

小学校しか卒業していない祖父は独学で起業に関することや簿記、経営を学んだそうです。

そして、毎日の日記をローマ字で書いていたのです!

英語を勉強するためだったのか、日記を簡単に判別出来ないようにするためだったのか真偽のほどは分かりませんが、他の人と違ったことを毎日続ける、ということは尊敬すべきことだと思います。

祖父の部屋に置いてあったレトロな開閉式のデスクは、子どもながらに「学ぶための神聖な場所」というイメージでした。

思い出も殆どないと思っていた祖父から、実は

「毎日続けることの偉大さ」

「自分で学ぶことの大切さ」

をちゃんと受け取っていたのだなと、大人になった今になって気づきました。

言葉でなくても「生き方」で何かを伝えられる、ということはカッコイイなと思います。

明日は祖父の命日です。

14年前に93歳で亡くなった祖父からのメッセージ。

「魂を込める」

是非、心に留めて頂ければ・・・

【 編集後記 】

いつもは家でひとり、納豆ご飯と味噌汁で簡単に済ませるお昼。

本日は、ずっと気になっていた「フォーリーフ・キッチン・チハヤ」さんのプレーとランチをひとりで頂いてきました。

「1日に必要な野菜の1/2が入っています。」というヘルシーなランチを「魂を込めて」一口一口味わって参りました。幸せ!

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