ただ、受けとめて欲しいだけなんだよ

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 お勉強したくない!

小学1年生の次女が、小学校に行き始めてからしばらくして

「お勉強したくない!」

とごね出しました。

「お勉強したくないなら、しなくていいよ。」

そういう風に言えた私は明らかに昔の私とは違う!

おそらく昔の私であれば、理解のある母親のフリをしながら

「お勉強したくないんだね。

 でも、大人になってから必要なことなんだよ。」

なんぞと子どもを説得しようとしていたと思います。

なぜ、この時、「しなくていいよ。」

と言えたのか?

それは、

「(いま)お勉強したくない!

=ずっとお勉強したくない!わけではない」

と私の中で子どもの言葉が「置き換え」されていたから。

「いま、この瞬間お勉強したくないなら、お勉強しなくてもいいよ。」

というのが私の思いなので、自分が言っていることは嘘ではなく抵抗感なく言えたわけです。

 私も同じ 

大人でも同じようなことありませんか?

例えば

「ご飯作りたくなーい!」

と叫んだ時。

「そうだよねぇ、面倒だよね。

 でも、お母さんが作らないと子どもがかわいそうだよ。」

などと言われたら、なんかモヤモヤしませんか?

「そんなの分かってる!けど、正論言われると腹が立つ!」

私の場合は、そんな風に思っちゃいます。(笑)

そんなこと言われなくても、自分で「よし、やる!」と決めたらやるんです。

ただ、その瞬間生じた「私の思い」をただ受け止めて欲しいだけ。

「そうだよね、分かるよ」

とだけ言ってくれれば、「私の思い」を受け止めてくれた!と思えて満たされるから、それ以上「イヤだぁ」という思いを出す必要もなくなります。

そう考えると、子どもの気持ちも私の気持ちも同じ。

子どもも「お勉強したくない!」というその時の気持ちをただ受け止めて欲しいだけ。

昔の私がごちゃごちゃ正論を付け加えたくなっていたのは、

「お勉強したくないという気持ちがずっと続くと困る。」

と無意識に考えて、勝手に不安になっていたからなんだなと思います。

子どもの気持ちより、自分の気持ちを見ていたんだなと。

 インナーパートナーさんからのメッセージ 

私は、自分の「心がラクになる」ためのツールとしてインナーパートナーさんを使っています。

インナーパートナーさんとは

自分自身の「思考=キジさん」「感情=サル君」「身体=イヌ君」のこと。

自分の思考・感情・身体を自分とは別物の「私の内側にいるパートナーさん=インナーパートナーさん」と認識し、擬人化してイメージすることで自分自身を客観視しています。

「インナーパートナーさん」を常に考えながら生きるようになってから、随分と「心がラク」になりました。

私が私(=インナーパートナーさん)を責めることがなくなったから。

インナーパートナーさんはいつでも私にメッセージを送ってくれます。

「ネガティブな思いはずっと続くことはないよ。

気持ちは自然に切り替わるから、だいじょうぶ。

ただ、受け止めて欲しいだけなんだよ。」

そんな風に思えれば、子どもにも、そして私自身にも優しくなれるのです。

【 編集後記 】

「お勉強したくない!」と言った子どもは、今日も学校で楽しくお勉強しています(笑)

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