それなら、私の思いは誰が受け止めてくれるの?

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 「いい母親」 

私は、自分は「いい母親」になれると思っていました。

自分が子どもの頃欲しかったものを子どもにあげたらいいんだから、簡単、簡単。

自分が子どもの頃欲しかったもの。

それは、甘えること。無条件に受け入れてもらうこと。

そして、心が傷つけられないこと。

私は子どもの頃、甘えることが出来ませんでした。

母は優しかったけど、なぜか出来なかった。

「リカちゃん人形が欲しいけど、お母さんは私がリカちゃん人形を欲しがるのを喜ばないと思うから、言わないでおこう。」

「抱っこして欲しいけど、お母さんはベタベタするのを嫌がると思うから、言わないでおこう。」

子どものころの私は「母が喜ぶこと」が嬉しかった。

いま振り返ると、母親の意図を勝手に想像して、「母親の喜ぶこと」を選ぶがゆえに自分の気持ちを我慢する。

そんな歪んだ思考パターンが無意識のうちに出来上がり、「我慢する」ことが自分にとって「あたりまえ」のことになってしまっていました。

だからこそ、子どもには「自分の気持ちを母親に遠慮せずに言わせてあげる」ことが私にとっての「いい母親」。

子どもが「抱っこ」と言って甘えてきたり、「イヤだ」の意思表示をはっきり示すと安心する。

そして、子どもの気持ちを受け止めて、不必要に「子どもの心を傷つけない」ことが私にとっての「いい母親」。

そのまま、何事もなく「いい母親」でいれるはずでした。

 気づいた愕然とした事実  

けれど、次女が4歳の時にインフルエンザ脳症による高次脳機能障害となったことで事態は一転。

高次脳機能障害となった次女は感情コントロール不能状態となり、私はヒステリーを起こす毎日。

子どもを傷つけたくないと思っているのに、子どもに優しく出来ない自分がどんどん嫌になっていき、切実に「変わりたい!」と思って私がたどり着いたのが「インナーパートナーさん」という考え方でした。

自分(意識)と、自分の思考・感情・身体は別物で、思考・感情・身体は私のパートナーである。自分の内側のパートナーだから「インナーパートナーさん」。

自分であるけれど、自分以外の存在であるインナーパートナーさんは、キジさん(思考)、サル君(感情)、イヌ君(身体)という風に擬人化するとイメージしやすいです。

その声を想像して客観的に見ることで、自分の本当の気持ち、「心の声」が聞こえるようになってきました。

さらにインナーパートナーさんの絵を描くようになってから、それはより楽しいものに!

そして、気づきました。

子どもの頃は「母の気持ち」を無意識に受け止めようとし、

母親になってからは「子どもの気持ち」を受け止めようとしていた。

それなら、「私の気持ちは誰が受け止めてくれるの?」

その事実に気づいたとき、愕然としました。

私は、いつも我慢することで「私の気持ち」=インナーパートナーさんの声、つまり、自分の「心の声」を無視し続けていた!

だから、ずっと満たされない思い、苦しい思いが消えなかったんだ!

いま、「なんだかしあわせー」と感じる時間が多いのは、私(意識)がインナーパートナーさんの声を聞いているから。

私の気持ちを受け止めてあげられるのは「私」しかいないのです。

 見習いたいもの 

私の祖母は母を含め7人の子どもを産み育てました。

けれど、祖父と行っていた呉服屋の家業が大好きだったのです。

だから、仕事に専念するため家事や子どもの世話はお手伝いさんと家庭教師に任せ、

遠足でお弁当が要るときは、すし屋の助六弁当を注文する、という徹底ぶり。

母は、その助六弁当がとても嬉しかった、と何度も話してくれました。

昭和30年代。良妻賢母のイメージの強い時代。

そこまで徹底して母・主婦業を人に任せ、自分のやりたい仕事をする。

祖母の生き方を、子どもながらに「ええ、それ、いいの?」と驚きながら「母親なら・・・べき」という気持ちも持っていました。

反面、「羨ましい」と思っている私も・・・。

そこまで自分の「心の声」に真っすぐに従うなんてカッコイイ。

今の時代でも、そこまで出来る人は少ない気がします。

「羨ましい」と思うということは、インナーパートナーさんは「自分のやりたいことを、遠慮せずにやりたい!」と思っている、ということでしょう。

インナーパートナーさんの考え方を知ってからは、自分の得意なところは自分でやって、自分の苦手なところは他力(他の人の力)に頼ることを徹底していた祖母の生き方を見習いたいものだ、と思うのです。

以上、「それなら私の気持ちは誰が受け止めてくれるの?」という言葉を聞いたことがきっかけで書いてみました。

私(インナーパートナーさん)の気持ちを受け止めてくれるのは、私(意識)しかいません。

絵で見てインナーパートナーさんのことをイメージして頂ければ嬉しいです。

【 編集後記 】

母は、「母親が家にいないのが寂しかったから、専業主婦になろうと思った」

と言っていたので、子どもはいつも母に求めるもの。

子どもにとって完璧ないい母親なんて、いないのかもしれません。

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